夏休み前の進路懇談会の日、担任の先生は母に私が英語の専門学校へ進学を希望している話をしてくれました。母のその時の反応は「はあ・・でも先生、うちの子は内気で自分から人に話すことが大の苦手なんです。そんな子に英語の学校なんてとても無理なのではないですか?」私は心の中で母に対して「む、また否定的なことを言ってる!」と少し怒りがこみあげてました。どうしてこう私の両親は否定的なことばかり言うのだろうか?そういえば小さい時から「よくやったね!」なんて誉められたこと1度もありませんでした。たまにテストでいい点取っても、「あんたがこういう点なら皆もいい点だわ。」としか言われた覚えがありません。

そこで担任の先生が言った言葉で私の自分に対する価値観が変わりました。「いえ、お母さん。この子はすごい努力家です。努力すれがどこまでも伸びる性質を持っています。学校では率先して人に英語を教えたり、積極的に図書館に行って勉強してるんですよ。」あの担任の先生から私が「努力家」と言われたあの言葉。すごく貴重な、重みを感じた一言でもありました。先生が人生初の私と言う人柄を認めてくれたのです。両親すら私のこと誉めたことなかったのに。

それから先生が付け加えた言葉が「お母さん、あんまり○○さん(私の名前)のことをよく分かってらっしゃらないような気がするんですが・・。何でもダメと決めつけないでこの子の秘めた可能性にかけることに協力してもらえませんか?本当にどこまでも頑張れる力を持っていますよ。頑張れる力が無くては努力など出来るはずがありません。」「そうなんですか?うちではそんな子に感じないのですがね。」「ホラ、それがお子さんに対する否定的な言い方です。それは止めてください。お母さんは固定観念が強すぎます。本当に○○さんのこと認めてますか?信じてあげてください。本気で英語の専門学校に行きたいと思ってる気持ちは組んであげてください。あとは家族でよく話し合ってください。よろしくお願いします。」こういったやりとりで3者面談は終わりました。

自宅に戻ってから母は「あんたが英語の学校へ進みたいなんて思ってるなんて考えもしなかった。」と言いました。「なんでそんな大事なこと今ままで黙ってたの?」「だって前の漫画家になりたいってことで否定されたから話しずらかった。」「あんたって子はいつも肝心なこと話してくれない。まるで男の子みたいだ。」何だか母の失望した様子がうかがえました。肝心な時に何も話してくれないってことに対して。子供時代に親から否定的なことばかり言われるとさすがに言いたいことも言えなくなってしまった私になってしまいました。

語学の学校へ進学するのはある意味私の今後の人生を大きく変えることになるかもしれない。もし英会話が話せる勉強が出来るんだったらどんなに難しくても厭わない!もう私の中で決心はどんどん固くなる一方でした。

でも今はそんなことを言ってる場合ではありません。父にも英語の専門学校へ行きたい話をしました。父はあっさりと「自分の人生は一度しかない。行きたければ行けばいい。」と簡単に賛成してくれました。母も最初は否定的に言ってましたが、徐々に私の進路の決意の強さを知ったのか、最終的には「あんたの行くべき道へ行きなさい。」と言ってくれました。

父は「英語は難しいぞ。俺は話せないが、アメリカの慰安旅行へ行ったときに言葉の通じない不便さをひしひしと感じたよ。お前に出来るかやってみろ。」と励ましの言葉でした。結局思い切って相談してよかったんです。