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中・高校の英語の勉強は英会話を中心にするべきその理由とは

私の時代からそうだったのですが、初めて教科書を手にして今までにない勉強が始まりました。日本語以外の語学を中学時代からスタートさせました。これは今の昔も変わりません。

中学1年生の頃はアルファベッドから覚え始めて書き方の練習などをしました。26文字のアルファベッドを覚えると今度は本格的な文章の読み方。勿論初心者んなのでまずはお互いの挨拶の仕方から。「How are you?」「I’m fine,thank you,and you?」何とも今では懐かしい思い出の言語です。

それからは「This is a pen.」や「That is a book.」等英語の基本中の基本を勉強し始めました。勉強の進行が進むにいくにつれ、段々難しさが増していく中で生徒の中には「英語は難しすぎる。」と言って敬遠する人が出るようになりました。中学の英語のテストの特徴は文章があって( )の中に入る言葉を入れなさい等そういった問題が多かったです。当時は分からなくても今になって私はそういったテスト問題で何になるのか?と疑問を抱いています。

中学2年では関係代名詞、so~that(あまりにも○○なので~)too~to(so~thatと同じ意味)など色んなたくさんの文法を勉強した記憶があります。確かに徐々に1年生の頃から比べたら文法の力って言うのはついたかもしれません。かなり英文の文章も読めるようになりました。先生の指示に従って毎朝英語の文法認識テストというのが行われていました。

先生が教科書の重要な英語の文章に付箋を引き、ここは覚えることが大事だから暗記しなさいとも言われ、覚える事が出来るまで何度もテストされたり、覚えることが出来ないと残されて追試までさせられる始末でした。

昭和時代の中学の先生たちは平成時代の先生とは違い、権力が物凄くあったんです。ですから出来ないと怒られましたし、テストの点が悪いと髪の毛引っ張る先生、中間より期末の方で点数が下がると鞭でたたく先生等日常茶飯事でした。

それでも今の親のように「やりすぎではないのか」なんて訴える親は私の時代では一切無かったです。英語の教科書は「ニューホライズン」を使用していました。私たちの当時の中学時代の標準レベルの教科書でした。

中学3年間は結局文法重要で覚えなさいということが多く、英会話なんて授業には無かった、いえ寧ろ縁が無かった時代でもありました。英語を勉強するのは将来の為に勉強するのではないのか?他の教科でもそうでしたが、予習・復習するのは勿論大切なことでしたし、まだ中学生だった私もそれが先生の教えであたり前程度としか思ってませんでした。中間・期末では教科書にテスト範囲を先生が発表し、ひたすらいい点を取るために勉強しました。いい点を取るための勉強法。大人になった今それはもしかして間違ってるのではないかとさえ思うようになりました。特に英語につきましては。

高校に入学し、英語の勉強は様々な分野に分かれて、文法と長文を読んで理解する、中学同様文章の中に( )に入る単語を考えてうめるなど・・・。本当に英語を話す授業など全くと言っていいほどありませんでした。

本当に必要なのは英会話の授業を取り入れるべきではなかったのでしょうか?確かに文法の力はつきました。でもいざ話すとなると?これは先生でも出来ませんでした。生徒の私たちだって何も話せませんでした。じゃあ何のために6年間も英語を学んできたのでしょうか?意味がありません。

中・高校で会話の勉強を中心にすべきその理由とは?まずヒアリング(聞く力)を取り入れなくてはなりません。それから声に出して話すことです。

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日本の教育は英語の文法だけじゃなく、会話も授業に入れるべき

確かに中学から高校にかけての6年間、アルファベットを覚えるのから始まって文法中心の授業が進んできた。やっぱり日本の英語教育は””Writing,Reading,Hearing””はこの6年間で学ぶけど、””Speaking””はやらない。それが影響していてなかなか英会話はすらすらしゃべることはできないというのが正直なところです…やっぱりもっと英会話をする機会を義務教育のうちから取り入れるべきである。大学で英会話授業をやってて、帰国子女や、数年留学に行ってた人なんかは非常に流暢。その辺で差を感じる。ちまたでは小学校から英語の授業を取り入れていくと言われているがゆとり世代の自分には関係の無い話となってしまっている。また、留学にいっている友だちの話を聞いてても英会話の実力の差を感じているそうだ。日本は英語をinputするだけでoutputする機会がなさすぎると思われる。

上記の文章は私の息子が書いたものです。現大学生の息子に中・高校の英語についてどう感じたか、平成生まれの英語の学習方法についてどんな現状だったのかを知りたくて今回息子に協力してもらいました。やはり私の時代と余り変わりは無かったみたいです。

息子の感想のように、やはり留学体験者は英会話が堪能です。息子は息子なりに話せるように努力はしていますが、わたしのかつての経験した短期であっても留学しないと話せるようにはなれないってことです。それにはまず海外で「No Japanse」=自分から一切日本語を断ち切る環境が必要なのです。英語だけでなく、息子の友人は現在韓国へ1年の留学中。やはり現地へ行ったことで韓国語がかなり上達したとも聞かされています。

やはり日本の教育は英語の文法に拘りすぎだと私も息子も強く感じております。もう少し義務教育のうちから英会話の授業を積極的に取り入れてほしいものです。私の高校時代の親友Uさんだって、日本に来た頃は全く日本語が話せなかったのに、わずか1年であんなに話せるようになりました。彼女のようにやはり母国語以外の国へ行ったり、留学しないと現地言葉は100%までにはいかなくとも、話せるようにはなりません!

中・高校時代の長い6年間のうちに学んだ英語の知識って文法のみだけ。会話なんて全然身についてないじゃないですか。ですから英会話力ないままに社会人になってしまってるこの日本の英語の教育方針は間違っています。企業へ就職するに当たり、コミュニケーション能力って問われてますけど、国際コミュニケーションの能力の方はどうなんですか?問われてませんよね?ここが矛盾しています。

もう少し語学力を身につけられる様な教育方針へ変えることは出来ないのでしょうか?将来通訳とか翻訳家とかなりたいって夢を持ってる子供だって沢山いるはずです。そういった小さいうちから英会話の授業を積極的に取り入れれば、簡単な会話なら早く出来るようになるのではないでしょうか。

中・高校の先生方もそうです。高校では交換留学制度を取り入れてる学校が多いですが、肝心の英語担当の先生が会話一つ出来ないんじゃ話しになりません。それでは生徒に示しがつきませんよね。だから先生もどんどん英会話を話せる力をつけるべきだと私は思うのです。でないと、海外から日本へ留学した人が日本の英語教育に対して不信感を抱く懸念があります。

私は中学卒業レベルの英会話は出来るようになりました。それは2年間NG学校で生のアメリカ英語を学べたことと、オーストラリア短期留学に参加できたお陰です。若いころ覚えた事は今でも忘れません。是非義務教育から英会話の授業を取り入れるべきです。

短期留学で本当の英会話とコミュニケーション力が学べた理由

短期留学中には、週末はホームステイがありました。40人のメンバーに各自決められたホストファミリーの所へ2人ずつ行く配置がもうすでにされてました。私を迎えてくれたホストファミリーはM夫妻。実はM夫妻はアメリカ人でした。1人娘はシドニーに嫁いで夫婦2人暮らしでした。でもホームステイでも驚きの連続。部屋には暖炉、庭にはプール付き。日本では考えられないほどの土地の広さ!いかにオーストラリアは広いってことを実感しました。

ではM夫妻はアメリカ人であるのに何故オーストラリアに移住したんでしょうか?その理由は?1人娘がオーストラリア人の男性と国際結婚してついてきたのも同然だったのですが、シドニーより離れたこのブリスベーンで土地を買って家を建てたのです。日本ではとても考えられない100万で家が建てられたそうです。しかも庭にプール付き!素敵な家で庭には奇麗な花が沢山植えられていました。

M夫妻はとても親切にしてくれました。夜になるとさすがに冷え込んできたので暖炉に火を入れて。これも日本にはありません。暖炉って本当に暖かい。日本では石油かガスストーブが当たり前だけど、こうして暖炉のそばでくつろぐなんて今しか出来ない貴重な体験でした。

食事の時間に私は梅干しをW夫妻にあげました。M夫妻は「OH! This is pickled plum.On showing this,I warmed to Japan.(おお!これは梅干しじゃないか。これを見て日本が懐かしくなったよ。)」M夫妻は昭和39年の東京オリンピックの時に丁度日本に来たらしく、オリンピックを見学したことがあったそうです。観光旅行の目的で。その時の日本選手の活躍ぶりに感激して以来、日本人が好きになったと言うエピソードも話してくれました。だから今回日本人を受け入れるホストファミリーに積極的にG大学に申し込んだそうでした。

ホームステイの週末。とっても楽しい思い出ばかりです。M夫妻は色んなブリスベーンの観光案内をしてくれました。ゴールドコースト、サファリパーク、色んな動物と触れ合えるブリスベーンのZoo(動物園)。私はゾウに乗ったことがありました。ゾウの背中は大きくて下を見下ろすのが怖いくらいでした。可愛いインコとの触れ合い。せさをあげたりして楽しいひと時を過ごしました。

勿論「No Japanise」でしたから、会話も常に生英語。M夫妻は日本語は一切話せませんでしたので、私は自分なりの表現法で会話をし、国際コミュニケーションを学ぶことが出来ました。完全ではなかったですが、いつしか私も少しずつ英会話が上達していきました。これもオーストラリアに短期留学できたお陰です!両親に、そしてこの企画をたててくれたNG学校に感謝の気持ちで一杯でした。

ホームステイは週末3回行われ、いよいよお別れって時にM夫妻から頬にキスされました。私は「もうこれで2度と会えないかもしれないけど、必ず御礼の手紙を送ります。」と言って別れました。「Good Bye. My best kind of M family・・・.(さようなら。一番親切にしてくれた私のM家族。)」

そして8月11日。全ての日程を終えて日本へ帰国する日が来ました。私はこの短期留学で本当の英会話とコミュニケーション力をつけることが出来ました。その理由とは。やはり本当の海外へ行って「No Japanese」状態じゃないと英会話は出来るようにならないことと、国際人との交流によって国際コミュニケーション力を付けることが出来たのです。これもひとえに短期留学へ行かせてくれた両親、企画をしてくれたNG学校に感謝の気持ちで一杯です!

オーストラリアは素敵な国だが、アメリカ英語が通じないのは何故

オーストラリアに来てG大学の寮に滞在する生活。朝食は毎日スクランブルエッグ、ベーコン、トースト1枚、サラダ、牛乳でした。でも日本と違ってベーコンとスクランブルエッグは何だかサラダ油でべたべたした感触でした。別に不味かったわけではないのですが、何だかサラダ油の量が多すぎるのではないかと思いましたね。何だかねと~っとしていて、オーストラリアの食事に慣れてない私たちは朝から胃もたれを起こしてました。

最初の1週間は物珍しさで美味しく食べてましたが、そのうち段々飽きてきました。やっぱり私は日本人。母の毎朝作ってくれる味噌汁の味が恋しくなりました。だからベーコンとスクランブルエッグを省いてトースト、野菜サラダ、牛乳で済ませるようになりました。これは2週目に入ってしばらくしてからのことでした。

短期留学の英会話の勉強も日増しに熱が入るようになってきました。毎日特訓の連続でした。挨拶はちゃんと出来なくてはならないし、簡単な日常会話は絶対に出来るようにならないといけない、いわばスパルタ教育のようなもので、厳しかったです。でもあんまり連日厳しいのもなんだからということで講師からオーストラリアの文化についてのお話があったり、時には歴史の話があったりしました。オーストラリアは移民の国で、遠くからはイギリス、フランス、ドイツといったヨーロッパから移住してくる人々が多かったとか。その他ではアメリカ、カナダ、中国、韓国なども移民でやってくる人たちも大勢いたのです。

ある日、外出許可が出たので、私は仲良しになった友人たちとブリスベーンの街中を散歩がてら買い物を楽しみました。ブリスベーンの街中はとても賑やかで人であふれかえってました。お土産を買いたいと思ってある店に入り、皆で色々お土産用のものを選んでました。この時代、まだオーストラリアへの日本人観光客は珍しかったらしく、店員が英語で「観光で来たんですか?」と聞いてきました。私たちは「はい、そうです。今日は買い物で街中を歩いてます。」と答えたんです。すると店員の顔が。もしかして私たちの話した英語が通じて無かったのでしょうか?理解できてない様子でした。もう一度同じことを言ったのですがやはり理解できてないようでした。何が理解できてなかったのでしょう?英語なのに。後で分かったんですが、実はオーストラリアは独特のなまりがあり、例えばToday(今日)はアメリカではトゥデイと発音します。でもオーストラリアではトゥダイと発音しないと通じないと判明し、なまり英語では通じない、私たちの今まで勉強してきた英語の発音はアメリカ英語の標準語だったのでした。ですからアメリカ英語ではオーストラリア人には通じない所が沢山あったのです。日本語にも名古屋弁、関西弁、東北弁などのなまりがあるのと同じで。

さすがにオーストラリアでアメリカ英語が通じない所があると初めて分かりました。I(私)とアメリカ英語で「アイ」と言っても通じなかったです。でもオーストラリア英語はアメリカ英語と違い、話し方がゆっくり目だったので聞きとりやすい面はありました。現地の人たちはアメリカ英語風に早口で話されると理解できないみたいです。

「How much is it?(それいくらですか?)」の言い方もアメリカとは違ってたような覚えがあります。その他も単語に対して同じ英語であってもなまりの強いオーストラリア英語は違和感だらけでした。

国によって同じ英語を話していても時には通じないことがあるということも勉強になりました。良い体験になりました。

短期留学先憧れのオーストラリア!そこで試される自分の英会話力

オーストラリア短期留学メンバー40人を集めて説明会が行われました。現地へ行くのは夏休みの7月14日~8月11日までと決定しました。時差ボケはないにしても、いくら憧れのオーストライアといえど、向こうは南半球。日本とは季節がまるきり反対なので、冬物を用意しなくてはならない話が出ました。でも日本のように雪が降るわけでもなく、冬でも温暖な国なのでそんなに分厚い冬物は持っていく必要はないでしょうと説明担当の先生から聞きました。

両親も喜んでくれて、旅費のことは心配ないとは言ってはくれましたが嬉しかった半面、何だか私の為に短期留学代の約40万を出してもらうことに申し訳ないと思いました。学費だって高いのに。でも両親は勉強の為なんだから大きな顔してればいいと励ましてくれました。

只困ったのは服装についての買い物でした。オーストラリアは冬。でも温暖な気候と言われてるので分厚い冬物は要らないと説明の時に言われたものの。それに夏休みでしたから今時大型スーパーやデパートで冬物の服なんか販売されてることがないので仕方なく、自分のある冬服装で持っていくことにしました。後は日本食で梅干し、インスタントの味噌汁を持っていくことにしました。

7月11日。いよいよオーストラリアに向けて出発の日が来ました。私は母と一緒にタクシーで空港に向かいました。父は仕事で忙しく、私を見送ることは出来ませんでした。出発ロビーにはすでに短期留学のメンバーと引率のチューター(男性)が集まっていました。私はまだ見ぬオーストラリアへの期待と不安を胸に母に見送られて皆と憧れのオーストラリアへ飛行機で出発しました。

異国の国、オーストラリア。カンタス航空を利用し、翌日の朝ブリスベーン空港へ無事に到着。オーストラリアの冬の朝はやはり寒かったです。夏もので出発した私たちはすぐに長袖をはおりました。用意されたバスに乗り込み、短期留学先のG大学へ向かいました。G大学はブリスベーンでも指折りの大学でなかなか入れないそうでした。日本でいえば東京大学?名古屋大学?のレベルに等しかったです。

G大学は日本の大学とは違い、土地が広くてまるで森の中に学校があるみたいなそんな印象でした。とにかく木々が多くて庭だらけ。私たち40人の寝泊まりする大学の寮を案内されました。40人1人ずつ個室が与えられてこれはもう本格的な留学生活です。G大学は実はこの時冬休みで、大勢の下宿生徒は故郷に帰ってると言うことで寮の部屋がたまたまあいていたのです。でも中には故郷に帰らないで残って寮生活してる生徒もいました。

さあ~、いよいよ試される私の英会話力!日本語は一切使えません。到着した日に教室を案内されて、クラスは二手に分けました。名前が「カンガルーチーム」と「コッコバードチーム」。私は「コッコバードチーム」になりました。「コッコバード」は日本語で訳すと「ワライカワセミ」です。あの「ケケケ~」と本当に人間が笑っているかのように鳴くあのオーストラリアにしかいない鳥です。

G大学での短期留学生活のスタートを切りました!日本語は一切禁止。午前中は英会話の授業をみっちり3時間行われました。NG学校の時よりすご~く厳しくてハードな授業!しかも質問されたことに答えられないと叱られました。「○○、Can you speak English,really? Why wha’t do you do in Austrlia?(○○、あなたは本当に英語話せますか?何故あなたはオーストラリアに何しに来たんですか?)」と厳しいG大学の講師の生徒への質問です。

私は質問されると自分の英語力を試されてると実感しました。

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